真・役に立たない駄話

地震予知をする意外な動物?



 動物には独特な予知能力があるようだ。大地震の前に、カラスやナマズが異
様な動きをしたといった報告は枚挙にいとまが無い。

 そんな動物の一種にワニがいる。ワニといえば、日本の動物園のワニは、日
がな、水の中でじっとしているだけだが、伊豆・熱川にあるバナナ・ワニ園の
ワニたちは、ある日、そういう日常性から逸脱した行動をとり始めた。

 伊豆半島地震が発生する2〜3日前に、ワニ園のワニは様子がおかしくなっ
た。とくに、地震の前日は、互いに体をぶつけるほどの騒ぎも起こしている。

 また、同園のワニたちは、1986年の三原山噴火も“予知”している。噴
火数日前から、落ち着きをなくし、その前日ともなると異様な雄たけびを上げ
たという。

 なかでも、ミシシッピーワニは、不気味な鳴き声を上げ続けたという。この
さい、地震や噴火の予知対策として、ワニの不思議な能力を検討してみるとい
うのも、ひとつの手かもしれない・・・

太陽と月、どちらの引力が強いのか?



 潮の干潮は、月の引力で起こる。小学校の理科でならったとおりだ。同時に
太陽の引力はせいぜい大潮・小潮などの補助的な働きしかないことも。

 そこからあなたは、海水に対しては月の引力の方が強い、と結論してはいな
いだろうか?

 実際は、太陽のそれのほうが176倍も強い。

 引力=g×2体の質量の積+距離の2乗

 これは、中学2年でならう理科の計算。ではなぜ月が勝つのだろうか?

 太陽はまず遠いという問題がある。満潮点も干潮点も地球の半径だけ太陽と
の距離にも差が出るから、及ぶ引力は0.008%とそう変わらない。

 一方、月はわりと近い。両地点に及ぼす引力の差の割合は大きく、1.8%
になる。

降伏するときに、なぜ白旗をあげる?



 戦争で降伏のしるしとして白旗を上げるというのが、正式のルールに決まったのは、
1907年、オランダで開かれた国際平和会議での事。
 戦争が言葉の通じない国同士で行われるようになったため、一目で降伏とわかるサ
インが必要になったのだ。

 それ以前から白旗は使われていたが、その理由については、いくつかの説がある。

 まず、国旗の素材は本来白い布であり、各国が独自の色や模様に染め上げて、始め
て国旗になる。
 そこで、白旗を上げるのは、自分の領土を相手の色に染めてもかまわないという意
味になるからだという説。

 また、中世のヨーロッパでは、ホワイト・サンデーと呼ばれる教会の行事があり、
この日は、どんな戦争も教会の権威のもとに休戦になった。そこで、ホワイト=白が
休戦を意味するようになったという。

 第三には、負傷者が出たとき、白い包帯を振って、降伏したことがきっかけになっ
たとも言われている。

 いずれも確固たる根拠はないが、戦場ですぐ手に入るものといえば、白い布が一番
手っ取り早いだろう。いざとなれば、包帯でもパンツでも、振ればいい。これが青や
緑色なら、その布を探しているうちに、全滅ということにもなりかねない。

ムダ毛は剃ると濃くなるのか?



 女性たちは、ムダ毛を剃ることに熱心である一方、どこかでムダ毛剃りを恐
れているのではないか。なぜなら、「ムダ毛は剃ると濃くなる」という説が広
く信じられているからだ。

 「剃る」という行為をひとつの刺激と考えれば、この説もなにやら信憑性を
帯びてくる。髪は、頭皮に刺激を与えることによって育成される。それと同様
の効果が、生育して欲しくないムダ毛にもほどこされると考えるのは、それな
りに理屈が通っている。

 しかし、安全カミソリや電気シェーバーでムダ毛を剃っても、毛の成長が促
進されたり、毛が濃くなったりすることはない。

 剃った毛は、先端が細くなった自然な毛に比べて断面が広くなるので、剃っ
た後は毛が濃くなったように見える。つまり、実際に剃りあとが濃くなったよ
うに見えるのは、視覚的なトリックに過ぎないわけだ。

 あるエスティシャンは、「ムダ毛は、気にせずどんどん剃る」ことを進めた
上で、ムダ毛そりにおけるちょっとした裏技をさずけてくれた。

 「リンスをつけると、肌を傷つけずにきれいに剃れるというけれど、それは、
リンスに含まれる保湿剤のツルツル感がもたらす錯覚。きれいに剃りたければ
シェービング用のジェルやフォームをつけて剃るのが効果的のようだ」

 昭和30〜40年代の女性の中には、当たり前のように腋毛を生やし、腕や
足の体毛を平然とさらしていた人もいた。今にして思うと、40年前の女性た
ちが、そんなプリミティブな状態にいたことが信じられない・・・。

 美容革命は、IT革命とならぶ、20世紀後半の大革命なのだと、つくづく
痛感させられる。

女性専用車両はいつごろ出来たのか?



 昭和48年9月、旧国鉄中央線に「シルバーシート」第一号が登場した。こ
れは社会福祉政策の一環として、国鉄の大英断・・・かどうかはしらないが、
とりあげられたもの。その後、各鉄道やバスにも順次採用された。

 この前進をたどると、戦後間もない昭和22年5月、中央線朝のラッシュ時
間帯に、「婦人子供専用車」を設けたことによる。その後、京浜東北線電車に
も設けられたが、まちがって男性が飛びこもうものならば、敵意ある視線に出
会って早々に退散させられたという。この辺は今の時代も変わらない。

 そしてこの「婦人子供専用車」に代わってお目見えしたのがシルバーシート
だったわけだ。

 ところで、この「婦人子供専用車」は実は明治時代にも存在していた。

 『鉄道100年写真誌』をひもとくと、「女子学生通学のため明治45年1
月始めて中野〜昌平橋間に朝夕2回婦人専用車を運転した・・・云々」とある。

 これは良家の女子学生に不良の男子学生が触ったり、からかったりするのを
乃木学習院長が見て、提案されたものだった・・・