歴史に関する雑学集 (4) - 真・役に立たない駄話

寛永通宝は徳川の勝利の印?

 江戸幕府は、3代将軍・家光の時代に、やっと安定したといわれている。家
康が天下を統一してから約30年。幕府の仕組みや支配体制が、ようやくガッ
チリ固まった時期だった。

 その象徴ともいえるのが、寛永通宝という銅貨。因縁の大仏をつぶして作ら
れた銅貨だ。ご存知のように、家康が最後まで争ったのが豊臣一族。家康自身
は、秀吉の忠臣のような顔をしていたが、家康にとっては、豊臣家は目の上の
たんこぶだった。

 秀吉が死んで秀頼の時代になると、家康は大仏の建立を進めた。秀吉供養の
ためという家康に、ころりとだまされた秀頼は、中国から大量の銅を輸入、本
当に大仏を作ってしまった。

 しかし、このための浪費がたたり、家康の思惑通り、豊臣家は、崩壊の道を
突っ走ることになる。3代将軍家光が寛永通宝に使った銅は、この秀吉供養の
大仏だった。

炭坑節を広めたのはGHQだった?

 盆踊りの音頭で、全国的に有名なものに「炭坑節」がある。

 「月が出た出た、月が出た」と歌えることと思うが、福岡県三池炭鉱の民謡
であるこの音頭が、全国的に知られるようになったのには、GHQのアメリカ
兵が一役買っていることをご存知だろうか?

 戦後の復興には、石炭エネルギーは欠かせなかった。GHQと日本政府は石
炭増産政策を打ち出し、治安維持のため、三池や筑豊の炭鉱にアメリカ兵を駐
屯させた。

 このアメリカ兵たちが、炭坑節のメロディを覚え、盛んに歌いだした。そし
て、この様子が、昭和21年8月、NHKのラジオ番組『炭鉱へ送る夕』で紹
介されたのだが、そのユーモラスな雰囲気がとてもよかった。

 そのため、NHKでは、プロの芸者歌手を起用。炭坑節を何度も放送する事
になった。そのため、全国的に知られるようになった。

 やがて、日本橋きみ栄、音丸たちが、レコードを発売。炭坑節ブームが巻き
起こって、レコードの生産が追いつかないほどになった。

 いまでも、アメリカの小学校の教科書には、日本の代表的な民謡として、炭
坑節が紹介されている。GHQ時代の面影を知ることもできる・・・

シラミが戦局を左右した?

 DDTと言われたら何を想像するだろう?プロレスの技という人もいるかも
しれないが、終戦直後、GHQが、日本人の頭に降りかけた殺虫剤という意味
もある。シラミ退治が目的だった。

 じつは、戦時中、このシラミを媒介とする発疹チフスにずいぶん悩まされて
いた。日本だけでなく、この発疹チフス、昔から戦争のたびになぜか猛威をふ
るい、勝敗を大きく左右してきた病気だ。

 たとえば、イギリス革命が進んでいた1648年、2万の兵を率いて、オッ
クスフォードに進んだチャールズ1世は、無念にも撤退を余儀なくされた。チ
フスの犠牲者が、余りにも多かったせいだ。もし、この王党軍が、議会の本拠
であるロンドンまで乗り込んでいれば、イギリスの民主主義は、もっと遅れて
いたかもしれない。

 また、1812年、ナポレオンが60万の大軍を率いてモスクワに進撃した
が、結局は退却せざるを得なかった。このとき、ロシア国境を越えられたのは
わずかに2万人だった。

 ロシアの厳しい冬の寒さという面もあっただろうが、発疹チフスに負けた兵
も多かったようだ・・・