歴史に関する雑学集 (2) - 真・役に立たない駄話

日付変更線は移動した?

 日付変更線は不動のもの、と多くの人が考えていたと思う。だが、日付変更
線は移動したことがある。

 世界地図を見ると、太平洋の真ん中、赤道と日付変更線が変わるところに、
キリバス共和国がある。現在、日付変更線はこのキリバス共和国のあたりだけ
大きく出っ張っていることがわかる。

 キリバス共和国は大小33の島からなり、1979年にイギリスから独立し
た国だが、以前は国を分断するように日付変更線が南北に走っていた。

 そこで、1995年、国内日付の統一を図るために、日付変更線を大きく東
にずらした。

 実は、これには裏の事情があった。21世紀最初の日の出を見るツアー客を
獲得し、国家PRを意図したものといわれている。

 2001年、つまり、新世紀が始まる年に、21世紀最初の日の出を眺める
というツアーが大ブレイクするとキリバス共和国の政府関係者は呼んでいたよ
うだ。

 それまでの日付変更線からいえば、最初の日の出を見ることが出来るのは、
東経173度近くに位置するトンガだとされてきた。

 そこで、西経150度あたりに位置するキリバス共和国が、自国の最東端の
島のあたりだけ日付変更線を移動してしまったというわけ・・・

平安文学は長雨のおかげ?

 「晴耕雨読」という言葉がある。晴れた日には畑を耕し、雨が降れば部屋で
読書。それが理想の生活というわkだ。

 今は、DSもPS3もWiiもある。雨の日だからといって室内で楽しむ方
法はいくらでもある。しかし、昔は確かに、本を読むくらいしかなかった。

 だが、もっと昔、まだ本そのものがない時代は、どうだったか。華やかな王
朝絵巻のイメージのある平安時代など、退屈な時代だったのだろうか?

 ところが、よくしたもので、何も娯楽がなくても、人間には「恋」というも
のがある。

 平安時代の恋愛及び結婚の形態は、男が女の家に通うというスタイル。決し
て同居はしないものだった。となると、雨が降り続ければ、男は外に出ようと
せず、女はひとり、ただ待つだけだ。そこで、あれこれと恋の思いを書きつづ
る事になり、多くの和歌が生まれた。

 さらに、和歌だけでは飽きてしまった女性たちは、随筆を書いたり、小説ま
で書き出すことになる。

 したがって、もし日本が砂漠の国で、雨などめったに降らなければ、『源氏
物語』も『枕草子』も生まれなかったことだろう、といいきるのはちょっと強
引かな・・・

昔と比べて処女は減っているのか?

 ちょっと前までは、オールドミスといえば、イコール処女だった。しかし最
近の「結婚しない女たち」は、必ずしも「セックスしない女」ではない。むし
ろ、その逆のようですらある。

 今は無き週間宝石の処女探しのページも、最初はみな真剣に眺めていたかも
しれないが、今はそんなコーナーは成り立たないだろう。エイズ予防と言う大
義名分があるにしろ、学校の保健体育の時間でコンドームの使い方を教える学
校も少なくない。

 子供の成長も昔より早くなり、また性の情報も氾濫しているので、高校生が
セックスするしたくなる気持ちもよくわかる。それに、よく考えれば、15,
6だったら昔なら立派に結婚している年齢だ。

 娘が初潮を迎えると、お赤飯を炊くという家もまだあるだろうが、昔は近所
にそのお赤飯を配っていた。それは、うちの娘はもう結婚できますよ、だから
もらってください、と公表する意味もあったようだ。

 明治時代の女性は、学校今の小学校程度で終える人がほとんど。その後は家
事手伝いをして、すぐに結婚という人生がまっていた。20歳くらいの時には
子供が2,3人いるのが普通だったようだ。

 そのもっと昔は、夜這いに代表されるように、セックスは、もっとおおらか
なもの。

 正確な数字は無いが、おそらく今の女性の方が、処女率は高いかもしれない