その他の雑学集 (3) - 真・役に立たない駄話

テレビ中継されていたのに見られなかった第3回紅白歌合戦

 待ち望んだ日本のテレビ開発がようやく再開されるのは、戦後直後の1946年からのこと。1950年には東京テレビジョン実験局が開局、11月10日から週2回の実験放送をスタートさせた。番組は落語などの演芸、音楽、ドラマなど。また、実験放送の一環として、現代も続くNHK人気恒例番組のひとつ、『紅白歌合戦』がテレビ放送開始を前にして、すでにテレビ中継されていた。

 現在の『紅白歌合戦』といえばNHK年末恒例の高視聴率番組で、どの歌手の時が最高視聴率を記録したなどの情報が年始のスポーツ紙に取り上げられたり、他局の視聴率が何%で今年は肉薄したなどと話題に上ったりもするが、もともと1951年1月3日、ラジオのお正月番組としてはじまったものだった。人気歌手を一堂に集めた歌の祭典が、正月の茶の間にぴったりとの高評価を得たことでレギュラー化が決まった。

 そして、1953年1月2日、恒例となった『第3回紅白歌合戦』のラジオ放送が行われた。このとき、テレビカメラも会場に入り、実験放送として初のテレビ・オンエアとなった。ただし一般の人たちは、会場に行って見る以外は、ラジオからの音声のみ。華やかな衣装に身を包んだ歌手たちの歌う姿をブラウン管を通してみることができたのは、ほんの少数のテレビ関係者と、すでに貴重なテレビ受信機を手に入れていた人のみ。

 ちなみに、その1ヶ月後にテレビ本放送が開始されるわけだが、同じ年の『第4回紅白歌合戦』からテレビ中継が本格的に開始されることになり、12月31日大晦日の目玉番組に変更された。1953年は第3回と第4回の2回の『紅白歌合戦』が行われたことになる。

お墓を開けたら不倫男と泥棒が?

 14世紀ごろのイタリアに、愛人に殺されかけ、墓ドロボーに助けられた男
がいた。

 この男は、パンドルフォという20歳の美青年。彼は、父の知人の妻で39
歳のキアラに目をつけ、貞女のカガミと評判の人妻をモノにしようと接近。男
のほうは火遊び気分だったのだから、キアラはたちまちパンドルフォに夢中に
なった。夫の留守中にパンドルフォをよび、人目を忍ぶ不倫のデートがたびた
び続いた。

 まもなく、キアラは病気になり、医者の診察によると、あとわずか1年の命
だった。それを知ったキアラは、自分の死後、パンドルフォがさっさと別の女
を見つけることを予想し、激しく嫉妬した。そこで、不倫を知っている使用人
の女性と共謀し、パンドルフォを呼び出した。

 「ご主人様がこちらにこられます」

 デートの途中で、その使用人が告げに来て、キアラは愛人を長持ちに隠し、
外から鍵をかけると、やがてやってきた夫に言った。

 「私の死後、その長持ちも一緒に埋めてほしいんです」

 長持ちの中のハンドルフォは嵌められて、道連れにされかけていることに気
づいたが、後の祭り。間男は殺されても文句は言えない時代だから、助けを求
めることもできない。

 2日後、キアラは死に、長持ちは遺言どおり、墓穴に。その晩、長持ちに隠
し財産があるのではないかと疑ったキアラの甥が、墓ドロボーに変身し、長持
ちのカギをこじ開けた。

 フタが開いた瞬間、パンドルフォは思わず歓声を上げ、墓ドロボーは逃走。
パンドルフォは九死に一生を得たのでした・・・

日本人が一番聞いているクラシックは何?

 一般的にいって、日本人がもっともよく聞いているクラシック曲といえば、
思い浮かぶのは、ベートーベンの『第九』や、ビバルディの『四季』、等だろ
うか・・・

 実は、これらではない、ダントツに聞いている人数が多いクラシック曲があ
るのだが、タイトルを聞いたところで、わからない人がほとんどではないだろ
うか?

 正解は、ルイ・ヴィエルヌ作曲の『ウエストミンスターの鐘』だ。

 ここで、学生時代を思い浮かべて欲しい。校内に授業の開始と終了のたびに
流れていた、チャイムの音を。そのあの「キーンコーンカーンコーン」という
あれだ。あれこそが『ウエストミンスターの鐘』だ。

 中には、小中高12年間、毎日のように聴いていた人もいるだろう。いくら
日本人に『第九』好きが多いとはいっても、毎日聴く人はそうとう限られるだ
ろうから、『ウエストミンスターの鐘』が日本人が一番聴いているクラシック
曲といっていいだろう。