その他の雑学集 - 真・役に立たない駄話

外国ドラマの視聴率が50%を超えたベン・ケーシー




 『アイ・ラブ・ルーシー』『名犬ラッシー』など続く一連のアメリカテレビ映画はどれも吹き替えシステムを採用し、おのおの高視聴率をはじき出した。『スーパーマン』同様、子供を中心に大人気を獲得したのが『名犬リンチンチン』(日本テレビ)と『名犬ラッシー』(TBS)の二大愛犬ドラマだった。この二作品の影響で、当時の日本の家庭でもイヌを飼いたがる子供が急増したらしい。しかも二作品共通のコリー犬が子どもたちからダントツの人気だったという。それほどアメリカの作品が日本に与える影響は大きかったといえる。

 各局が競うように外国のテレビ映画作品をオンエアするなかで、ついに50%を超える脅威の高視聴率ドラマが誕生した。それが、1962年5月からTBSでオンエアされた『ベン・ケーシー』だ。

 神経科医ベン・ケーシーが毎回様々な問題に立ち向かい、解決していくヒューマン作品。知性ある甘いマスクのケーシー役ビンセント・エドワーズは、多くの女性たちから圧倒的な支持を得た。比較的子どもたちの人気を集めた他の外国ドラマとは違い、大人たちがくぎづけとなったドラマでもある。

 放送開始の翌年1963年1月には、日本でオンエアされた外国テレビ映画シリーズとしては最高の50.6%という視聴率を記録する。

 以後、『ベン・ケーシー』の圧倒的人気を受け、テレビ朝日が同じ医者モノの『ドクターキルディア』を、NHKが法廷モノの『弁護士プレストン』を放送開始するなど、日本では異色のヒューマンドラマが続けざまにオンエアされた。ところが、皮肉なことに最高視聴率をはじき出した『ベン・ケーシー』以降、外国テレビ映画シリーズでにヒットは、ほとんど影を潜めることになる。

 かわってゴールデンタイムの番組としては台頭しはじめたのは、日本が独自のアイデアで企画した日本オリジナルの番組だった。テレビマンたちが日夜、意欲を燃やして制作し続けたさまざまな番組が実を結ぶ時期に入っていくわけだ。

日本初の「ワイドショー番組」で視聴率戦争が

 日本テレビの早朝放送を受け、各局も早朝の時間帯にさまざまな企画を模索することになる。ついに東京でのオリンピックが実現の年、他局を大いに震撼させる企画が登場した。1959年2月に日本教育テレビとして開局したNET(現・テレビ朝日)が開局から5年目の1964年4月1日から放送を開始した、日本初の生ワイドショー『木島則夫モーニングショー』である。

 月曜から金曜まで帯で毎朝1時間の生放送は、リスクも高く無謀な試みとも思われた。ところが、視聴者の目線に合わせた情報や話題がリアルタイムに次々とくり出されるこの番組は、主婦層を中心に絶大なる支持を集め、大成功を収めた。

 ニュースをメインに「今朝の話題」「時の人」「プレゼントコーナー」など視聴者の好奇心をくすぐる企画を一時間の中に凝縮。木島則夫アナウンサーをメインに、サブに栗原玲児アナウンサーと井上加寿子アナウンサー。おのおのが中年世代、若者世代、主婦層を代表するイメージで、自分自身の言葉を用いて番組を盛り上げていった。アナウンサーに対して「泣きの木島」などとキャッチフレーズがつけられるようになったのも、視聴者から好感触を持たれた証拠だろう。

 この大成功に他局も触発されないわけはない。1年後にはNHKが『スタジオ102』、フジテレビ(NETから1ヶ月遅れた1959年3月に開局)が『奥様スタジオ・小川宏ショー』、TBSが『おはよう700』、日本テレビが『ズームイン!!朝!』と各局が朝の生ワイドショー編成に力を入れるようになっていく。今も続く熾烈なワイドショーの視聴率競争は、まさにこの年から始まったと言えるだろう。

ロケ地のセットを実在と勘違いした視聴者

 日本初の、連続ドラマ『日真名氏飛び出す』について以前お話したが、このドラマにはもうひとつ「はじめて」がある。レギュラー・スポンサーを獲得した初のテレビ番組であったことだ。以前は、ドラマのスポンサーといえば単発やスポットがせいぜい。連続して番組を提供するにはメーカーにも覚悟と勇気が必要だった。そんな奇特なスポンサーになったのが、製薬メーカーの三共製薬だった。

 メーカーを口説くためTBSがあみだした作戦が、劇中にCMを盛り込むという、当時としては斬新な企画アイデアだった。主人公がドラマのなかで、三共ドラッグストアにひんぱんに出入りし、さりげなくビタミン剤を飲むわけだ。番組の人気とあいまって、この三共ドラッグストアが視聴者から大いに注目を集めた。

 いまでもドラマのロケ地にファンがつめかける現象はあるが、そこにホンモノの役者がいないことはだれもが知ったうえでの行動。ドラマの雰囲気に浸りたいだけだろう。

 ところが、当時は、ドラマと現実の混同もめずらしくなかった。ドラマの設定場所となった銀座にホンモノのドラッグストアがあると勘違い、そこに主人公が来ることもあると思った視聴者たちが大集団となって銀座を探し回るという現象が後を絶たなかったらしい。なかでも、東京以外の地方からわざわざやってきた人たちの落胆ぶりはすごかったようだ。実在しないと知り、ガックリと首を垂れて東京駅を後にする人たちの姿もあったとか・・・

 また、主役の日真名進介役の久松保夫氏にいたっては、「チンピラ達が集まってケンカをしている処をたまたま覗きに行ったら『日真名氏が来た』と彼らは逃げていってしまった。彼らは『日真名氏は強い』と思っていたらしく恐れられていたようだった」と久松自身がインタビューで語っている。

 当時の人たちにとっては、それほどの影響力があったことは間違いないようだ。